2022年にスタートした「CHIKIRI PROJECT」によるプロジェクト「金井大道具」。今回の記事では私たちプロジェクトメンバーと金井大道具との出会いから、開発の背景や、プロダクトに込めた想いをお伝えしていきます。
私たちの胸を打った感動を、視点を変えて伝えたい
私たち CHIKIRI PROJECTのメンバーは仕事をする中で多くの職人や専門家と出会います。しかし、その多くはいわゆる「裏方」の仕事であり、私たちが普段の仕事を通じて伝えられる魅力はほんの一部でしかありません。
私たちの胸を打った感動を、違った形で世に送り出したい。そうした思いから、CHIKIRI PROJECTは立ち上がりました。立ち上げにあたっての思いは「ABOUT CHIKIRI PROJECT」に掲載しています。
CHIKIRI PROJECTは、つなぎ、伝えるためのプロジェクトです。人や企業、商品や素材、技術や経験、歴史や伝統。ものづくりはそれらの関係性から生まれてきます。そして、その組み合わせが少し変わることで、全く新たな景色が広がります。ものづくりの現場で私たちが覚えた感動を、アイデアと誠実さと少しのユーモアをもってお伝えしていきます。
そして、このプロジェクトの構想を練る中でまず初めに頭に浮かんだのが金井大道具で働く職人さんの姿でした。
金井大道具は創業業130年、明治時代から現在に至るまで、常に業界の先端を走り続けてきた舞台美術製作会社です。同社は歌舞伎や舞踊といった伝統芸能の舞台美術をはじめとして、国内で行われる大規模イベントの舞台設営や、テレビのセット製作など、多くの美術製作の現場に携わっています。木工職人、絵師、セットデザイナーなど、幅広いものづくり専門家が集まる、まさに「職人集団」です。
CHIKIRI PROJECTのメンバーがイベントの美術製作の仕事で金井大道具さんとご一緒する中で、職人の技術、美術製作への想い、それらを繋いできた歴史の深さを知りました。そんな金井大道具さんの魅力を広く伝えていきたい。こうしてプロジェクトは立ち上がっていきました。
金井大道具の歴史と技術が蓄積された「色づかい」
「CHIKIRI PROJECT × KANAI」をスタートさせるにあたり、私たちが着目したのは舞台背景に用いられている「色づかい」でした。舞台美術の中で描かれる背景や、セットに用いられる色は全て金井大道具の調色士の手によって生み出されているもの。そして過去に使用されてきた色は全て見本帳に収められ、蓄積されています。仕事場を視察させてもらっていたプロジェクトメンバーは、この「色」に目を奪われました。調色の技術や美しさはもちろんのこと、その色彩から感じる「日本らしさ」に。そして何より、その膨大な蓄積に。
見本帳の中に収められている色彩そのものが、金井大道具の歴史であり、技術を表しているのです。
日本の「色」から生まれた3種のプロダクト
この色から着想を得て生み出されたのが3つのプロダクトです。
「Theater back」
「Theater back」は舞台で用いられる背景画を切り取り、金井大道具の絵師が新たな作品として制作したアートプロダクトです。身近な空間に馴染むように額と共にデザインしました。
「MATSUBAME - 松羽目 -」「NAKANOCHO - 仲ノ町 -」「FUJIMUSUME - 藤娘 -」「KUZUNOHA - 葛の葉 -」描かれるモチーフは全部で4種。そのいずれも舞台背景画の原寸大サイズで制作を行っているため独自の筆使いや配色といったディティールが際立ちます。
「Japanese Color Palette」
「Japanese Color Palette」はご自宅で楽しめる塗料のセットです。伝統芸能の舞台製作者が受け継いできた調色や配色をそのまま楽しんでもらえるように自宅で使えるサイズでパッケージしました。
「Wooden small house」
付属の「Wooden small house」に着色して楽しむことはもちろん、塗料としてお好きなようにお使いいただくことができます。
また、塗料の開発はオーストラリア発の自然派塗料メーカー「Haymes PAINT」の販売代理店である「STUDIO ANAGRAM」と共同で行いました。最新の技術により、見本帳の色彩を限りなく再現しています。
「Kids Chair ”PALETTE”」
「Kids Chair ”PALETTE”」は5枚の板を用いた小さな椅子。ミニマルな構造でどなたでも簡単に組み立てることができます。
お買い上げいただいた状態では木目のシンプルなプロダクトですが<Japanese Color Palette>のキャンバスとしてもお使いいただくことで、好みのカラーに仕上げていただくことができます。お子さまの椅子として、小さなシェルフとして、つくる過程を経ることで、より愛着のあるプロダクトが出来上がります。
「Haymes PAINT」の協力により、舞台背景の色彩を再現
「Theater back」はその名の通り、劇場の背景をモチーフにした作品。実際に国立劇場の舞台で使用された背景画をモチーフに製作を行いました。今回は以下の4つのモチーフを製作しています。
「MATSUBAME - 松羽目 - 」
松羽目とは、能舞台に描かれる老松のこと。能、狂言の演目を、歌舞伎に移した作品を上演する際に用いられます。また、松羽目を使って上演される演目は「松羽目物」として親しまれています。伸びやかな直線と「塗りぼかし」によるグラデーションで描かれた葉の表現は、シンプルでありながらも奥行きを感じさせる表現です。
「NAKANOCHO - 仲ノ町 - 」
吉原遊廓の花魁道中、仲ノ町。この場所は古くから文化の発信地として栄え、浮世絵や歌舞伎の数々の伝統芸能の舞台として描かれてきました。中央に据えられた自然の桜と、人の手によって作られた装飾物の対比が艶やかな夜の景色を彩ります。
「FUJIMUSUME - 藤娘 - 」
藤娘は、大津絵の『かつぎ娘』に題をとった歌舞伎舞踊の演目。藤の花の精が娘の姿で現れ、女心を踊ります。また、藤の花は古くは万葉集に詠まれ、家紋や装束の紋様などに用いられてきた伝統的なモチーフです。
「KUZUNOHA - 葛の葉 - 」
陰陽師安倍晴明の出生を描いた歌舞伎の題目『蘆屋道満大内鑑』。その四段目である「葛の葉 子別れの段」が通称「葛の葉」として広く親しまれています。遠景の山々と近景を彩る花のコントラストがダイナミックに描かれた舞台背景です。
これらの作品の魅力をプロダクトにする上で最も注力したのは、その色を再現すること。
金井大道具で使用されている塗料は、舞台の情景に合わせて調色されたもの。同じ「空」であっても、舞台が変われば「青」の色づかいも変わります。
プロダクトを生産するにあたっては、国立劇場にて塗料の色出しを行っている調色師監修のもと色彩を再現。オーストラリアの塗料メーカーである「Haymes PAINT」さんご協力のもと、新たに塗料を作成しています。
舞台背景で使われている色見本を元に、特殊な機械を利用して色彩をスキャニング。数千のパターンの中から限りなく近い色の配合を選出していきました。
Haymes PAINTの塗料は厳しい安全基準・品質基準を満たした自然由来のもの。お子様でも安心して使ってもらえる製品です。
舞台背景画の原本に限りなく近い色合い、プロダクトの利用シーンに耐えうる耐久性を実現し、「Theater back」に使用するオリジナルの塗料が完成しました。
また、「Theater back」の配色をパッケージングしたものが「Japanese Color Palette」になっています。
自ら手を加えることで、プロダクトが「自分のもの」になる
「Kids Chair ”PALETTE”」と「Theater back」に用いられているフレームは、全て金井大道具の木工職人さんの手によって生み出されています。プロジェクトのスタート地点である「金井大道具の技術を伝える」に立ち返った時、その木工技術を用いてプロダクト製作を行うことは必須の条件でした。もう一点、私たちが大事にしたかったのは、プロダクトの仕上げを「購入者自身で体験することが出来る」ということでした。最後のひと手間を自分自身で加えることによって、モノに愛着が湧く。そんな経験はありませんか? 長くご愛用いただくためにそういった「余白」を感じさせるプロダクトでありたいというのは、プロジェクト発足時から考え続けていたことでした。
そして、この2点を満たしたプロダクトとして、思い浮かんだのがDIYでつくるのにも手軽かつ、生活空間の中にも取り入れやすい「椅子」でした。
そこで、CHIKIRI PROJECTのメンバーであり、インテリアデザイナーとして活動している西脇の設計のもとデザインが進んでいきました。
そして完成したのが「Kids Chair ”PALETTE”」です。
削り出した板を組み上げるという構造を採用するためには、正確な木材の加工が不可欠。同時にそれは、シンプルかつユーザーが簡単に組み上げることができるという、便利さを担保しています。その名の通り「Japanese Color Palette」のキャンバスとして色を楽しんでいただくことはもちろん、木目を活かして、無塗装の状態でご使用いただくことも可能。金井大道具の技術やナレッジを生活空間の中で体感していただくプロダクトとなりました。
舞台美術の美しさに、違った角度から光を当てた
「CHIKIRI PROJECT × 金井大道具」
プロジェクトの発足から約1年半。プロダクトのファーストロットが完成しました。これらのプロダクトがどのような広がりを見せてくれるのか楽しみでなりません。
金井大道具で技術監督・生産管理を行っていた大塚さんは、このように振り返ります。
「金井大道具として全く初めての試み。お話を頂いた時は面白そうだなと思いながらも、どんな風に着地するのかは未知数でした。普段はBtoBのビジネスをやっている私たちにとっては、自分たちの仕事を見つめ直す機会となり、とても刺激になりました。
特に「Theater back」は、第三者の目が入ることによってこんなに見え方が変わるのだと、新鮮に感じられました。自分たちが思う美しさが切り取られ、商品になる。これは面白い経験でした。自分で描きたかったなと思いましたね(笑)
これから購入してくださった皆様の手に渡っていくことを思うと楽しみですね。そこには、担当した舞台の幕が上がるのとは別の喜びが待っているのではないかと思います」
少々長くなりましたが、プロジェクトの発足から、プロダクト開発の背景についてお伝えさせていただきました。今後も、このページを通じてプロジェクトの背景についてご報告していきます。